整体コラム(2016年10月~)
【”治す”ことは本当にいいことか? その1】
その昔、H先生は薬を用いない治療家の世界では、名人として知られていました。ほとんど奇跡としか思えないような出来事もたくさんあったそうです。
名実ともに日本一の治療家となったとき、H先生でも天狗の鼻が高くなっていたそうです。すなわち、
「もはや私の技術をもって治せないものは、この世には存在しない」
と。ところが、その天狗の鼻が、ポキっとへし折られる出来事がありました。
あるリューマチのおばあさんが、娘さんに背負われてH先生の治療を受けるために道場に来たそうです。
H先生の整体では、からだの状態をみていく際に、主に背骨の状態を触って観察します。背骨ひとつひとつの硬さや大きさ、動きの有無などを指先で感じながら、全体を読んでいくのです。
H先生はピアニストのように10本の指を背骨に這わせて、数秒で椎骨の状態を観察し、今の症状はもちろん、過去の病気もすべて言い当てられたそうです。
さて、H先生がそのリューマチのおばあさんを「治療」しようかとうつ伏せになってもらい、背骨の観察に取り掛かろうと思ったその時…、突然、おばあさんの体が震え始めたのです。そして、信じられないぐらい振動し始め、やがて、そのうちぽんぽんと勝手に跳び上がるようになってきた…。
H先生は、おばあさんが飛び跳ねて激しく動くので手をつけられないでいました。そしてやがて、おばあさんは、へびのようにグジャグジャと動き始めました・・・。
H先生は、おばあさんの動きにあっけに取られて、何もしない(何も出来ない)。そのままおばあさんのヘビのような運動は、30分ほど続きました。
おばあさんの動きがパタッと自然に止まった時に、おばあさんは自分でパッと起き上がって正座して、「ありがとうございました。おかげですっかり良くなりました」と言って、自分の足ですたすたと帰っていったそうです。来るときは、娘さんに背負われて、自分では歩けなかったのですが、元気にすたすたと自分の力で帰っていった。
そして、H先生は、おばあさんのその後ろ姿を見ながらつぶやきました。
「でも、僕は何もしていない」
治療技術を懸命に磨いて、名実ともに日本一の治療家となったH先生。もちろん、H先生も自分のその類稀な、ほとんど神がかった技術によって、人が健康に元気になるのだと思い込んでいました。
しかし、本当はそうではなかった。本当はこのおばあさんのように、からだの中に自ら健康を生み出し、自分の病気を自分で治療するような自然の働きが、誰の中にも存在しているのではないか。それが生命の自然の働きであり、そういう力をみんなが持っているのだと。H先生はそのことに盲目であったことに気づいたのです。
これをきっかけにH先生は、それまで蓄積してきた治療法を捨て、また治療家を集めて組織していた団体も解散させ、新たに整体法を体系化していくことになったのです。
「治す」のは他人ではない。自分のからだの中にそもそも「治る力」がある。人の内側にある、元気になりたいという勢いを導き出し、それを育てていくことが整体の考え方の基本としてあるのです。
僕自身は、今現在、「活法」という技術を主に使っていますし、バース整体研究会でお伝えしている整体もこの「活法」ですが、僕が個人的に理解しているH先生の思想やスピリットは、(心の中だけでもこっそりと)隠し持っていたいと思っています。
たとえ誰かに、お前の考え方は間違っている、お前はH先生のやっていることを誤解していると言われても、それでも。