整体コラム(2016年10月~)

コラム   2016-11-16 (水)

【”治す”ことは本当にいいことか? その2】

 

妊産婦さん向けの整体の話とは、少しかけ離れてしまうのですが、またH先生のエピソードです。

 

H先生は、子どもの寝小便(おねしょ)を治すことを得意としていたそうです。確実に治すことが出来た。

 

昭和10年代の終り、ある子の寝小便をH先生が治した。そうしたら、その数カ月後に、今度は盗癖が出てきたといってH先生のところに母親が相談に来た。

 

先生が寝小便を治した後から、子どもに盗癖が出るようになった。それまではなかった。と、こう言うのです。

 

もちろん、寝小便と盗癖には、直接的な因果関係があるとは到底思えません。

 

でも、H先生は研究者肌で根が真面目なので、今まで治してきた何千例もの寝小便の子どもたちに、その後、盗癖が出ていないかを追跡調査しました。

 

そして調査をした結果、寝小便を治した子どもに盗癖の発生が非常に多いことがわかったのです。

 

それ以来、H先生はある症状や病気を治すことで生じる、別の作用、別の事態を研究するようになった。薬の副作用の研究のように。

 

そうすると色々なことがわかってきた。

 

たとえば、赤ちゃんの皮膚病を治すと喘息が発生するとか、痔の治療をすると、高血圧症が生まれるとか…。とにかく、こういうことがたくさんある。

 

つまり、ある病気や症状を治した結果、新たな災いを引き起こしかねない、ということです。そうなると、「治療」ということは、とても難しい問題を孕んでいることになります。

 

痛みや症状に苦しんでいる人から治してくれと言われて、それを簡単に治すことが本当にいいことなのか? それは人間の行いとして、ほんとうに正しいことなのか…。

 

また、H先生がその超人的な治療技術で人々を治してしまうと、安易にそれに頼る人を生み出しかねない。いざとなったら先生に診てもらえばいいや、というふうに。でも、外側からの力で治した(治してもらった)結果、からだが強く元気になるのではなくて、逆に依存心が強くなり、かえって気持ちを弱くしてしまう…。

 

これでは人が本当に健康になったとは言えない。やがてH先生は自分のやっていることは間違っているのではないかと考えるようになったのです。

 

こうしてH先生はこれまでの治療法を捨てて、新たに整体法を体系化しました。

 

内側からその人のからだの調和を守ろうとする働きを高める、ということがその後の整体のベースになったわけです。

 

だから整体とは、そもそも治療法ではありません。治すのは他人ではなくて、本当は自分なのです。そのことに気づいた時に、「人に治してもらう」のではなくて、本当の意味で「治る」のです。

 

自分の力で治ることで、人はより強く、元気になっていくのですね。

 

施術がうまくいくと、自分の技術で治ったと勘違いしてしまいがちですが、そうではないのです。相手の方が持っている治癒のメカニズムのおかげで治っているのです。

 

このことは、自分自身に対しても口を酸っぱく、しつこいぐらいに言い続けたいと思います。